2018年3月18日日曜日

多方面で自動運転をはばかる人間という存在 ~結局、機械が人間を支配する仕組みにしない限り完全無欠な自動運転は無理~


こんなニュースを見かけました。


会員登録(無料)すれば全文見れますが、ざっくり言うと、

  • 各国の協力が不可欠な自動運転の国際ルールづくりが難航。
  • 日本の場合、道交法のもととなるジュネーブ道路交通条約を改正しない限りレベル3以上の実現は難しい。
  • ジュネーブ条約の改正には批准国約100国の2/3以上の賛成が必要だが、そもそも無関心な国も少なくない模様で、改正のめどは立っていない。
  • 主に欧州諸国が批准しているウィーン条約は、すでに改正済み。これを受けドイツはレベル3自動運転が可能となるよう、国内法を改正済み。
  • ドイツは法整備の方はお膳立てができるも、型式認証の基準づくりが間に合わず。この型式認証の基準は国際ルールを前提に作ろうとしていたり、自国企業を有利にしたいがために各国が譲らなかったりで、実現のめどが立たず。
  • アメリカは、そもそも国際ルールづくりに興味なし。というか、トランプ政権は世界がアメリカに合わせるべきという米国ファーストな姿勢があるため、足並みとか平仄を合わせる気はない模様。
  • 日本は積極的に国際ルール作りを働きかけるも、アメリカの非協力姿勢もあって、欧州勢相手に孤軍奮闘の様相を呈している。

といったところ。

思った以上に情勢は苦しいようですね。
オバマさんの時代にもっと進めておけば違ったのかも知れませんが、今となっては後の祭り。
こういう各国での協働と協調が必要なことに対しては、米国ファーストなトランプ政権の時代は停滞するということが顕在化したひとつの例になりつつあるようです。

結局のところ、このように技術面やそのポテンシャルではなく、外交力に依存しはじめている自動運転の未来。
なんとな〜く、暗雲が出始めてきているような気がします。



ただ個人的には、そんな外交に携わる人間以上に、社会の完全自動運転化やその普及をはばかっているのは私達一般人のように思います。

すなわち、人間が自動車の運転の主体となるように整備された法律とそれに基づく物理的なインフラ、そしてそれらを前提とした免許制度、さらには私達の意識そのものが妨げになるのではと思っています。

法律については先述したので割愛。
物理的なインフラについては、信号の状況・歩行者含む他者との位置関係・天候・路面状況・規制情報をすべて正確かつリアルタイムかつ先読みした状態で把握できる通信網の整備が必須ですが、それが完璧に整備される目途は私が知る限りなく。また、完全に対歩行者の事故を防ぐには、電車のホームドアのような物理的なものを設けて歩道のところだけ渡れるようにしないといけないとも思いますが、それこそ困難の極みに感じます。
免許制度では、自動運転に必要な操作や知識を教えるべく、抜本的に内容を変える必要がありますが、じゃあその過渡期はどうするのってのも含めてこれまた難題続出の予感。
そして何より私達の意識ですが、何十年と根付いた運転手の操作による運転を機械任せにするというのは、多くの方にとってかえってストレスにしかならないように思えず、例えるならば職場の公用語をいきなり馴染みのない言語(スワヒリ語とか)にされるのに等しいくらいのことかと思います。

つまりこれって、自動車にまつわることをすべて根底から変えるにの等しいことなんですよね。
特に免許制度や私達の意識は、人に大きく依存するものです。

そんなこと、可能なんでしょうか?
技術の進歩速度がいくら早くても、それ以前から生きてきた人間がほとんどのこの世の中じゃ、人のほうがついていけてない気がします。
これ、根本の部分では先述の国際ルールが難航している要因であり、免許や意識の面では完全なる主原因となるわけです。

言ってしまえば「機会が主で人間は従」という風に自動車や交通に関する仕組みと私達の意識をガラッと変えない限り、完全自動運転化となる社会の到来は難しいと思います。

また、レベル4〜5の完全自動運転なクルマを走らせるには、人間がその意志で運転するような現代のクルマを排除する必要があるようにさえ思えるわけです。
(余談ですが、移行期の手段としては自動運転レベル3以下通行禁止区間というのを設けるのが現実的かなと思っています。)

もうここまで考えた時点で、相当遠い未来のような気がしてきました。
これまで盛んに言われてきた自動運転ですが、現時点ではまだ絵に描いた餅の域を出ませんね。



そんなわけで個人的には、以前から考えている通り、しょせん補助装置でしかない自動運転機能。
もちろん、自動運転した場合のレベルが高ければ高いほど、安全運転をサポートするポテンシャルも高いことに異論はありません。

しかし、最近多い自動運転をあまりにも拡大解釈する風潮(特にやっちゃえなCM)に対しては大いに異論があります。
そろそろ行政指導か何か、メスを入れるべきのように思いますけどね。


そんなわけで、近くて遠い自動運転化社会は、まるで蜃気楼のようだということで締めくくっておきましょう。


んでは!





4 件のコメント :

  1. Der Beste!さん、こんばんは。
    おっしゃる通りですね。レベル3までの時代が長く続きそうです。過信は禁物ですが運転補助装置としては疲労軽減効果抜群ですから、事故低減効果は高いでしょう。
    レベル4以上の実現化に関しては、技術的にもAIベースでは難しいのではないかなとも思います。AIは基本フィードバックです。運転にフィードフォワードが必要なのかはよくわかりませんが、運転に際して発生するあらゆる場合分けを定義できるか、プログラムのデバッグをしきれるかが肝になるでしょう。
    レクサスのお偉いさんが、自動運転はそう簡単には実現できるものではないと発言したのはその通りなんだと思いますね。

    返信削除
    返信
    1. おはようございます!いつもためになるコメント、ありがとうございます^^
      おっしゃるとおり、レベル3までは何とかなると思うんですよね。アウディA8のそれはスタンドアロンでレベル3相当まで持っていっていますが、高速道路や幹線道路などの単調な走行シーンに限られています(ゆえに個人的にはレベル3のフェーズ1かなって思っています)。レベル3であっても、空いている市街地の周辺を走行するには、本文中で触れた通信機能が必要と考えています(そこからレベル3フェーズ2になるとも考えています)。
      また、AIにフィードバックさせるのもやはり通信機能です。各車両が備える簡易的なAIでエッジ的な処理を済ませ、それをクラウドの本格AIに集約させて各車から吸い上げたデータを統合処理してから、各車両にフィードバックし、その運転手のこれまでの走行シーンや遭遇したシチュエーションに合わせたものに各車両の簡易AIがアレンジして適用させる、という流れまでして始めてマトモなものになるんだと思います。なので、絶対数が多いほうが有利ということにもなるんですよね。
      また、そもそも暗黙知的にこなすことが多い運転方法(先読みしたり経験則に照らして瞬時に行う微妙な動作など特に)を、どこまでAIに反映させることが出来るかも微妙です。それこそ人間の頭にUSBポートでも差し込んで運転中に考えていることをすべて吸い上げるくらいでないと、レベル5の完成形には至らないような、そんな気がします。
      レクサスのお偉いさんの発言、どこを想定していたんでしょうね?個人的には、有形無実化が随所で見られる道交法と、それに伴ってなし崩されている交通ルールの遵守度の低さから、特に日本国内を想定されているのかな?って深読みしちゃいました。残念ながらレクサスのデザインへの共感度は低いものの(笑)、この考え方はぜひ詳しくもっと話してほしいと本気で思えたくらい共感度が高かったです。

      削除
  2. 折しも不幸なニュースが舞い込んできましたね。ウーバーの自動運転試験走行車が人身死亡事故を起こしたとの事。
    被害者の方にはお悔やみ申し上げます。
    まだまだ道は遠い事が嫌な形で現れてしまいました。市街地でのテストはまだまだドライバーがブレーキに足掛けながらやるべきかと…。

    返信削除
    返信
    1. 私も朝一番で見ました。
      完全でない自動運転システムで、事故を想定せずに乗車していたドライバーは何をやっていたのか?そもそもなぜそんなものを歩行者(自転車?)が出てくるようなシチュエーションで敢行したのか?理解に苦しみます。
      被害者の方もさることながら、ご遺族の方のご心情は察するに余りあります。
      各メーカーやサプライヤーは単に技術を追い求めるのではなく、あくまで交通安全に寄与するためという自動運転の本来の目的を見失わないでほしいです。じゃないと、また犠牲者を出しかねません。

      削除